別にここにそんなにイイモノ、楽しいことがあるわけではないけれど。

メシはそこそこ旨いし、治安もいい。今のところはね。

相続問題とか、確実にややこしいことが数年内に起こりそうな実家に誰が帰りたいと思うだろうか?
今だって、実家と電話ですら会話しなくて済んでいることに、一種の幸せすら感じてしまっている。
ようやっと、あの連中から(一時的とはいえ)解放されるのがこんなにいい気分だったとは、ってね。
両親の仲も冷え切っていて、母は常に父の愚痴と悪口ばかり。
無論、父にも少なからず問題はあるが、かといって母を支持する気にはなれない。
もっとも父を支持する気もないがね。

ただ父の気持ちも分かるのだ。父の行動が、母の意図している方向と真逆へ向かうようになったのも致し方ないところがある。
何をやってもヒステリックに喚きたてる人間と誰が会話したいと思うだろうか?
少なくとも俺は無理、というより不可能だ。
一度俺がキレて、しかし会話すると母のヒステリックな金切り声を聞かなきゃならないから長文メールで喧嘩したことがあった。もちろん俺に一切の非はない。
全ては母の俺への歪んだ溺愛と激しい思い込みに起因する。
遠く離れた俺を信用できないなら、どんな手を使っても手元に置いておけばいい。
それをしたくないなら腹括って俺を信用しなきゃならない。俺にはこの2択しか考え付かなかった。
両方満たすウルトラCを創ることも、どちらかを選ぶこともできず、ただ自分の気に入らないことがあると喚き、愚痴る。そんな人と会話が成立するはずがない。
母がそんなんだったから、父はより頑固に、どんどん頑なになっていってしまったのだ。

そんな時、父方の祖母が骨折し入院し、痴呆が悪化していった。
母はこの5年近くほぼ毎日、祖母の世話をしている。孫の名前も忘れ始めた。次は俺を忘れるかもしれない(どうでもいいけど。)
ほぼ毎日、週5〜6日、祖母の家を掃除し、朝食と夕食を準備し、薬を飲むのを見届けているようだ。
2週に1回の病院は半日かかりだが、それにも付き添っている。
しかし、その手間に比べて父の姉弟からの協力は非常に少ない。御礼や謝意など言うまでもない。
母が怒るのも無理はない。「何で自分の姉弟に文句も言えないの?私だけを犠牲にすればいいの?」と。
もっと言えば、父も来年還暦だというのに週6で働き、日曜は母に代わり祖母の面倒を見ている。
父も結局休むヒマなどない。しかも働いているのが父の姉の旦那の会社だから余計始末が悪い。
金を貰っている側だから両親は父の姉に強く協力を訴えることが出来ないようだ。
だから母は言ってたわけだ。「お姉さんところに行くのはよした方がいい」と。
かつては漠然としか分からなかったが、今ならわかる。
金が絡むと得てして問題はややこしくなると。

父がその反対を押し切って会社を移ったもんだから、この状況に母が怒るのは当然。ただ、父の体調の心配も含んで「自分で自分の首を絞めたんだよ、あの人は」と悲しそうに怒っていたらしい。
でもその心配は父には伝わっていないだろうな。毎度ヒステリックに怒ってきたから。
結局、信頼関係を築けなかったのだと思う。
母がもう少し冷静に話すことができれば、あんな冷え切った夫婦仲にはならなかっただろう。
父がもう少し向き合って粘り強く話していればまた違っただろう。
しかし会話がロクに成立しない今となっては、もはや労わりあうことなどできないのだろうな。
そう思うと、本当にどうでもいい。
俺の与り知らないところで貴方達が仲違いしたことで俺に火の粉を降りかけるのはやめて欲しい。
ただでさえ火の粉を受け続けてきたんだ。

自分をコントロールできない母。
その母をコントロールできない父。
俺のここまでの人生を作ってくれたのは紛れもなく貴方たちだけれども、
俺の精神を何度も破壊したのも貴方たち。
そこから立ち上がったのは俺自身。
貴方たちに俺のこれからの人生を破壊する権利は絶対にない。

久しぶりに見た父は少し小さくなって(病気のせいもあるが)、頑固になっていた。
かつての父はもう少し気が長く、頼り甲斐があったのに。
俺が大学院に行ったあたりから父の老いを感じた。
車の運転が明らかに下手になり、反射速度が低下しているのがありありとわかった。
親が老いたと感じた瞬間はショックだと聞いてはいたけど、確かにショックだった。

いざとなったら俺はその親を見捨てるかもしれないと思うと胸が痛む。
良心の呵責はまだ残っているし、実際にそう行動したら俺の心に凄まじい禍根と重荷を一生残すだろう。

それでも、俺は俺の為に生きるよ。これは貴方たちから学んだことだ。
俺の願いはただ1つ、俺にそうさせないでくれってことだ。
俺だってそんなことしたくはない。
けど、俺にも大事なものがあるから。
それがわかってもらえないのであれば、腹括ると決めてる。

まだまだ、失敗できないドミノ倒しの準備は終わらない。
ルビコンを渡る覚悟もできてない。
まぁどんな覚悟よりも渡った事実のほうが重くなるんだろうね、後で。